日本に戻ってきてからの
大輔さんは多方面に忙しい。
舞台のみならずテレビの仕事にも
その細やかにして揺るぎない感性
で人々の心を惹きつけている。
スケートについてのコメントでは
自身の言葉、思いをフィルター
を通さずトップアスリートの視点が
鋭く、それでいて偏らない。
スケート本来の魅力を訴えながら
距離感を持って眺めつつも優しさが
ある。人をありのままに受け止める
広さ、大きさをも感じる。



しかし、
彼について。


ダイスケ・タカハシについて。



私が観たいのは
至上のダイスケ・タカハシである。

かつて競技で
彼に訪れた幾つかの至上。
全日本の道化師、
バンクーバーでの道、
世界選手権のブルース、
ソチのビートルズ。


彼の才能ならば
控えている舞台、
またこれから依頼される
舞台、
すべてをその感性で
表現しきるだろうし、
人々を楽しませ、興奮される
だろう。

しかし
私がもっとも観たいのは。





至上の高橋大輔である。
それが彼のカンパニーであるなら。

もちろん、興業的な成功なくして
カンパニーの存在は成し得ないだろう。
そしてそれが
彼の至上さであるならば。


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彼の至上に、
また巡り逢うまで。
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# by la-luna20160918 | 2017-05-07 08:04 | Comments(0)


真央さんが残した、光る風。
そのすべてを私なりに
少しずつ振り返りたいと思う。



2016 世界選手権の
蝶々さん。

最近、又、何度も観てしまう。
以前、高橋大輔さんについて
演者としての至上は
何度も訪れるわけではないが
高橋大輔に限りそれは何度となく
訪れる、と私は評した。
それは役者とは違い、
また演奏家とも違う
このプログラム、今、この時、
という、そして優劣をつけ得点と
して勝ち負けがすぐに表れる
スポーツならではの集中力の競い合い
でありながら彼は演者としても
向き合うという至難さを当然の
ようにしていた。
故に彼には至上がいくつも訪れる。
バンクーバーで演じた道、
全日本の道化師、ソチのビートルズ
‥‥。

真央さんについては
稀代のアスリート、と捉えることが
多いだろう。
しかし、真央さんは
稀有な存在である。
身体表現を無意識に見せる。
おそらくとてつもない音感なのでは?
と思う。
当然、大輔さんもそうであろうが
音楽が体に入って行く感覚が
自然とある深さまで達するのかも
しれない。たいてい、音楽を体に
馴染ませる、というのだろうが
大輔さん、真央さんに関しては
ある深さに達した音楽を更に深める、
奥底から感じ、それが自ずと表れる
のかもしれない。

真央さんは挑戦に終始してきたが
それは挑戦ばかりではなく
きちんと身体表現を行っており
それは技術と芸術の融合という
至高であったのだ。

昨今のフィギュアスケートは
ここでポーズ、ジャッジへの目線、
背中の開いた衣装で大人を
アピール、原作を知らなくても
ジュリエットをただかわいらしく
キャラクターを作ればいい、
まったく音楽を理解していないのに
自分は音ハメが得意と言い切る選手や
自分で表現力が上がったと自己満足な
若手、重いテーマを顔の表情メインに
印象付け、ジャンプを失敗しなければ
男子並みの得点が繰り出される。
などと実に短絡的である。

挑戦し続けた真央さん、
技術と芸術の融合を目指してきた
真央さんが
休養を経て
円熟味を持ち
細やかに表現に取り組んだのが
蝶々さんであろう。

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蝶々さん。

宮崎あおいさんが
演じたドラマ。

脚本はこれが遺作となった
巨匠・市川森一氏。

このドラマは
私の中で名作である。

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武家の誇り高き娘である
蝶々さんが運命に屈せず
自身を貫こうとする、
その強さが人々を惹きつける。
憧れや希望、初めての恋と
その喜び。
そして突きつけらた現実、
夢が破れて、それでも
誇りを失わず。
誇りあるが故の自らの死。

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芯の強さと
武家の娘としての重み。
感情の揺れ。

可憐で気品があり
清らかに演じた、あおいさん。


真央さんの蝶々さん。

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冒頭から霊気が漂う。

その、霊気に惹きつけられる。
これまで妖精や女神のようで
あった真央さんが
ひとりの女性であった。

それは
蝶々さんが
自身を貫こうとする、もがきながら
誇りを失わず、その感情が
美しさを際立たせ人々を惹きつける。
そして女性として、人として
存在として
あるべき華となる、ような。

2016の世界選手権は名演であった。
そして
浅田真央の奥深い才能は
扉を幾つも持っているのだ、と
知らしめた。

不世出のスケーター。

この時代に神は
それをもたらしたのだ。


あるべき華として。


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# by la-luna20160918 | 2017-05-03 07:10 | Comments(0)

華ある道を、慈悲を行く


人としての華

小松左京氏が
バンクーバーオリンピック後に
語った。

真央さんには人としての華がある。


金メダリストの同い年の
スケーターと比べて、
というのではなく
氏が真央さんから感じとった
こと、なのだろう。



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美しい会見であった。
静かな、海を見つめている
ような気持ちになった。

その水面はきらきらと光る。
太陽に照らされ風に揺られ
きらきらと光るのだ。


静かな海、
それは真央さんの心の中を
映し出していたのだろう。


松井秀喜氏の会見を
思い出した。
松井氏も
静かな、広く、大きな海の
ようであった。

トップアスリート、
とは
ほんの一握りである。

それが
成績を指すならば
それもほんの一握りであり、

それが
心技体、魂までもを
映し出すならば
更に一握りしかいない、
と思う。

深い追求心の厳しさを
鍛錬を激しい感情で鼓舞
するのではなく
静けさの中に昇華させて行く。

自身の深い場所を
信じることが出来る。
それが自身であると、
知っているからこそ。

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立ち振る舞い、言葉、
どれをとっても美しかった。
それは
真央さんのスケートと同じように、
フィギュアスケート史上、
もっともすべてが
美しい選手。



人としての華が成せる。



誰よりも華を持ち、
しかし
絢爛と咲くだけではない。
絢爛と咲きながら
絢爛と咲くからこその
慈悲を持ち。


人は生まれ、生き。
感情は数億とあるのだろう。
しかし、
数億の感情を知る由もなく
果てる。


感情を知れば知るほど
慈悲という華が咲くのだろう。


人としての華ある道を、
真央さんは歩み続けるのだろう。





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# by la-luna20160918 | 2017-04-18 19:51 | Comments(0)

心の愛をありがとう


真央さんが引退した。
長く酷使してきた
心と体が心配だったので
私は安堵した。

そして今は
ただ涙が零れてくる。
なぜだろう。
自分自身のこれまでを
支えてくれて喜びであった
真央さん、
私にとってのミューズで
あった真央さんに、
勝手なセンチメンタルを。
それで私は悲しいのだろうか。

なぜか、
わからない。


ムーンリバー

月にかかる河を
あなたは何度も
渡り
何度も越えた。

あなたはたくさんの
煌めきを落す。
私は両手いっぱいにすくった。


あなたを見上げる私は
初めて月や星を目にしたように。


溢れる心の愛を
ありがとう。

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# by la-luna20160918 | 2017-04-15 18:09 | Comments(0)



マーラーの
アダージェット。


ベジャールが
ジョルジュ・ドンに振付、
のちに現在ベジャールバレエを
継承するジル・ロマンも
踊った。

夢見がちな男の、
とある人生。
無数の感情と消えゆく光を
追い求め、やがて自身も消えゆく。
そんなふうに。

この曲は
ルキノ・ヴィスコンティの
映画
ベニスに死す
に使用されたことは
あまりにも有名であり。
なんとも胸が張り裂けそうな
切ない、苦しいほどに。
それでいてだからこそ
静かで美しい。


この旋律の感情が揺らめく機微を



高橋大輔さんに、演じてもらいたい。

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そして
この旋律の哀しみの果ての美を
浅田真央さんに演じてもらいたい。

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世界選手権が終わり
この時期、こうして
プログラムを想像する楽しみが
ある。

自分の好みはもちろんであるが
最近のスケーターで
こんなプログラムを、
と想像したくなるような
スケーターは
宇野昌磨選手ぐらいになった。

音楽を感じること、
内面から引き出す、
それはもう本能かもしれない。

考えて考えて
身につけて教わって
それは表現ではないと思う。

創作や見世物が舞台ではな
あるが
内側から溢れ出すものを
堰きとめることは出来ない。

すべては人の
エネルギーであるから。


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# by la-luna20160918 | 2017-04-02 07:30 | Comments(0)